自筆証書遺言は無効になりやすく、トラブルが生じやいということをしばしば耳にします。今回小松さん(仮名)の自筆証書遺言を使った相続手続きを受注し、改めてその難しさを実感しました。
小松さんには子供がおらず、両親も既に他界しているため、自身が亡くなった際の相続人は、奥様とご兄弟になります。小松さんはその事実を知っていたため、最愛の奥様が困ることのないように生前に自筆で遺言を書いていました。奥様も遺言書があれば大丈夫と思っていたようで、安心した様子でした。
果たして本当に効力がある遺言書なのか不安はありましたが、まずは検認手続をしなくてはいけません。奥様に同行し内容を確認しましたが、その時何ともいえない違和感がありました。
直筆で書かれており、日付や捺印、誰に遺したいかなど、自筆証書遺言の要件は満たしています。しかし次の文章を見た時に何かおかしいと思いました。
「全ての財産を妻、君枝に譲与する」と書かれていたのです。一般的に使用されるのは「相続させる」や「遺贈する」という文言です。自分の死によって財産を移転する(譲る)という意味では伝わりますが、不動産登記や銀行手続きでこの遺言書が使えるのか、正直不安になりました。
実際にその不安は的中し、登記を依頼した司法書士にも、銀行の担当者にも「この遺言書は使用できない可能性がある」と告げられました。
仮にこの遺言書が使用できない場合だと、奥様を含めて兄弟及び甥・姪の13人から署名押印が必要になります。そうなったことを想像し絶望的になりましたが、辞書で「譲与」の意味を調べた際に希望の光が見えました。
譲与の解釈としては、【あらかじめ譲渡・配分の方法を定めておいて、自己が死亡した時に効力が生じるようにしておくこと】のようです。この解釈を伝えたところ、登記も銀行手続きもなんとか無事終わらせることができました。(この解釈のおかげかはわかりませんが…)
後ほど奥様から聞いた話によると、小松さんは国語の教師をやっていたこともあり、言葉の意味を大事にする方だったようです。そのような性格だったこともあり、敢えて使い慣れない「譲与」という言葉を使ったのではないかということです。
遺された家族に想いを伝える意味では、自筆証書遺言は優れているかもしれません。
しかし一方でスムーズな相続ができないようでは、遺言書の意味が無くなってしまいます。
今回の経験を生かして、今後も公正証書遺言の作成を勧めていこうと思いました。