松井さん(仮名)は私のが初めて公正証書遺言作成のお手伝いしたお客様です。松井さんは、旦那様には先立たれ、お子様もいなかったため、自分の死に備えて遺言書を書いておきたいという相談でした。
松井さんにはご兄弟がいましたが、長年にわたって疎遠だったこともあり、普段から身の回りの世話をしてくれる神田(仮名)さんに財産を残したいという希望でした。神田さんも財産を遺贈してもらうことには賛成だったため、打ち合わせの段階から同席して頂いていました。
松井さんは、「全ての財産を神田さんに遺贈する」というシンプルな内容の遺言書を作りました。そして遺言執行者を神田さんに指定しました。松井さんが寿命をまっとうした際、神田さんによって、松井さんは遺言の内容を実現していただくことになるのです。これで安心と松井さんと神田さんは喜んで帰られました。
公正証書遺言を作成してから3年ほど経った時に、神田さんから連絡がありました。「松井さんがお亡くなりになられ、遺言執行者として相続手続を行っているが何一つうまく進められない」
役所での年金手続きや、葬祭費の支給、銀行の解約手続きなどを、神田さんはスムーズにすすめられなかったそうです。神田さんが、各機関で真っ先に言われたことは、 「遺言書があったとしても法定相続人の署名、押印がないと手続きができない」 というものでした。
松井さんの相続人(兄弟)と疎遠であったことが遺言書を作成する理由であったため、神田さんは 「遺言書を作った意味がないじゃないか」 と意気消沈されていました。
これでは確かに遺言書を作成した意味がありません。そこで弊センターは神田さんと手続きを断られた役所や銀行に同行し、今回の相続の概要や公正証書遺言の役割、一般的な相続手続きの内容を説明しました。そうしたところ各機関も納得したようで無事全ての手続きを済ませることができました。
なぜ最初の手続きがスムーズにいかなかったのかを総合的に考えると、「前例がない、やったことがない」というのが理由だと感じました。確かに地方都市ですので遺言書を使った手続きはごくまれです。
しかしやったことがないからという理由だけで頭ごなしに「できません」というのは、受遺者の権利を奪うことにもなりかねません。各機関とも「できません」という前にまず「どうしたらできるか」を考えてほしいと思います。
今回のケースを通して、遺言書があっても弊センターのような相続手続を支援する組織はこれからますます必要だと感じると同時に、「できません」と言われて手続きをあきらめた方々はどれだけいるのか、そう感じさせられる事例でした。